ウイズ・コロナの下での選挙管理についてコロナ禍における平常時の選挙管理を中心に

一般社団法人選挙制度実務研究会代表理事 小島勇人

これまでの経緯等 令和2年1月頃から徐々に全世界レベルに新型コロナウイルス感染症が拡大し、日本においても例外ではなく、この対策のため同月30日、政府は内閣府に新型コロナウイルス感染症対策本部を設置した。国内の感染者数は1月20日の時点での1人から始まり、対策本部が設置された日には12人を数え、日増しに加速度的に増加の一途をたどり、現状(令和2年11月29日現在)では国内累計14万7千人を超える数となり、憂慮すべき状況となっている。
 遡って2月24日には、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議から「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解」が示され、引き続いて25日には「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針(令和2年2月25日新型コロナウイルス感染症対策本部決定)」により、政府として、地方公共団体、医療関係者、事業者や関係団体と連携・協力し、国民の協力を得ながら、対策を講じている旨の認識が示された。この翌日26日には安倍総理大臣からの「イベントの開催に関する国民の皆様へのメッセージ」で、この1、2週間が感染拡大防止に極めて重要であるとされ、スポーツ、文化イベント等について中止、延期等を要請するという事態となり、これにより今後の選挙執行への影響が懸念されることとなった。
 そして、新型コロナウイルス感染症拡大の状況の中で、任期満了等に伴い執行が予定される地方選挙の執行延期を求める声とともに、これを一歩進めて、平成7年の阪神・淡路大震災や平成23年の東日本大震災の発災時と同様に特例法の制定により選挙期日の変更や任期の延長を模索する動きも見られた。
 こういったことの動きの中で、本年4月7日には新型インフルエンザ等対策特別措置法第32条第1項に規定する緊急事態宣言が7都府県を対象に発令され、その後、全都道府県に拡大されたが、5月14日になって8都道府県に縮小された。この宣言発令により外出自粛が要請された中で執行される選挙について、4月7日の国会審議において安倍総理大臣から「選挙は、住民の代表を決める民主主義の根幹をなすものであり、任期が到来すれば、決められたルールの下で次の代表を選ぶというのが民主主義の大原則であって、不要不急の外出には当たらない」との見解が示された。
 こういう前提で、本稿では、私が川崎市選挙管理委員会事務局長在職当時の平成21年の衆議院議員総選挙時に発令された新型インフルエンザ流行宣言下での選挙管理委員会の業務の経験等をも踏まえ、新型コロナウイルス感染症が発生している中で選挙管理委員会の業務に対する基本的な考え方と主に平常時(選挙が執行されていない時期)での対応例について、極当たり前のものであり、あえて記すまでもないものであるが、基本的事項の確認のためにポイントを整理したい。なお、本稿において意見等にわたる部分は、私見であることをお断りしたい。新型コロナウイルス感染症発生時の基本的な考え方 選挙管理委員会は、海外及び国内において新型コロナウイルス感染症発生が発生した場合には、取り分け当該都道府県内の感染状況を把握するとともに、原則として当該地方公共団体の行動計画ガイドラインに基づいて適切に業務を執行する。 政府は、新型コロナウイルス感染症感染拡大を予防する観点から、多数の人が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等の中止や延期又は規模縮小等の対応を要請しているが、選挙の執行については、要請対象であるスポーツ、文化イベント等には該当しないとされている。
 したがって、前述のとおり、原則として新型コロナウイルス感染症の発生している期間において新型インフルエンザ等対策特別措置法第32条第1項に規定する緊急事態宣言が発令されたとしても、令和2年4月7日の国会において安倍総理大臣から「選挙は、住民の代表を決める民主主義の根幹をなすものであり、任期が到来すれば、決められたルールの下で次の代表を選ぶというのが民主主義の大原則であって、不要不急の外出には当たらない」という見解が示されたところであり、その任にある選挙管理委員会は、公職選挙法等関係法令の定めるところにより、選挙を管理執行しなければならないものである。これにより公職選挙法等関係法令の規定に従うほか、基本的には、次に掲げる令和2年2月26日総行管第76号をもって総務省選挙部長から発出された技術的助言の内容に留意した上で、各地方公共団体の実情に応じて健康福祉関係部局や危機管理関係部局と緊密な連携をとりながら、適切な対応を図ることが必要である。① 選挙を管理執行する地方公共団体においては、その管理執行に当たり、政府の「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針(令和2年2月25日新型コロナウイルス感染症対策本部決定)を踏まえ、適切に対応すること。特に、候補者説明会、立候補受付、期日前投票所、投票所及び開票所における事務従事者並びに投票立会人、開票立会人、投票管理者及び開票管理者については、マスク着用、咳エチケットの徹底、手洗い・うがいの実施に努めること。
 また、選挙人に対しても、投票所におけるマスク着用、咳エチケットの徹底、帰宅後の手洗い・うがい等を呼びかけること。
② その他の地方公共団体においても、地域での新型コロナウイルス感染症の発生状況を注視するとともに、必要に応じ、住民に対する情報提供、選挙事務従事者が使用するためのマスクの準備等、適切に対応すること。 本年度に入って、私自身が選挙事務研修のために管理執行アドバイザー派遣などで全国各地を訪れるたびに、選挙管理委員会は、選挙の管理執行に当たって、
・物資がひっ迫している中、投票所の入口付近にアルコール消毒液を設置した・
ソーシャルディスタンスを保つため、投票所の床に一定間隔で線引きをした・
街頭アンケートやゴルフ場でのスコアの記載などで使用している使い捨てのプラスチック鉛筆を配布した等、数次にわたり総務省選挙部から発出された技術的助言に基づいた措置を講じた上で、新型コロナウイルス感染症の感染防止対策を徹底しながら適正に執行した姿を目の当たりにした。この困難な中で実際に選挙の管理執行に携わられた全国各地の選挙管理委員会の皆様の御労苦に対し、心から敬意を表したい。
 新型コロナウイルス感染症への感染が懸念される状況は、公職選挙法第48条の2第1項第6号の事由に該当し、期日前投票又は不在者投票を行うことができると解されていることから、選挙期日当日の投票所における混雑等を避けるため、積極的に期日前投票又は不在者投票を促すことも重要とされている。
 また、選挙運動については、「民主主義、国民主権の基礎をなす選挙運動を含む政治活動の自由は最大限尊重されるべきものと考えられることから、公職の候補者や政党がどのような選挙運動を行うかについては、政府の国内感染予防策などを踏まえた上で、それぞれの公職の候補者や政党において判断されるべきもの」とされている(令和2年3月4日付け総行管第94号)。このことから、大規模イベントの自粛要請があるなどの特殊な事情の下で、選挙管理委員会が法律の規定に基づかないで、何らかの制約を公職の候補者や政党に課すことについては、選挙の公正を確保する観点から慎重に考えるべきものである。平常時(選挙執行が予定されていない時期)の業務における対応等 選挙執行が予定されていない時期に新型コロナウイルス感染症が当該都道府県内や自らの市町村内において発生した場合、原則的には、これに伴う選挙管理委員会において新たに生じる目立った業務は無いが、次に示すとおり選挙管理委員会には、選挙執行の無い時期の平常時においても法律上継続的に行わなければならない義務的業務があるが、その執行に当たっては、感染防止に特段の配慮と対策が必要となる。
 ⑴ 継続業務
 ア 選挙管理委員会の開催 選挙管理委員会には、選挙時のみならず平常時においても法定議決事項があるため、最小限の委員会は開催しなければならない。
 そこで、委員が一定の場所に一堂に会しないで、議決等すべき議事を持ち回りで審議し、決することができるかどうかという問題がある。
 選挙管理委員会は、地方自治法第188条前段の規定により、選挙管理委員会は委員長が招集することとされており、同法第189条第1項には、選挙管理委員会は、3人以上の委員が出席しなければ会議を開くことができないとする定足数の規定がある。
 また、地方自治法施行令第137条第1項には、選挙管理委員会の委員長に対する専決処分の規定があり、
①選挙管理委員会が成立しないとき、
②委員会を招集する暇がないと認めるとき、
③同法第189条第2項の規定による除斥のための同条第3項の規定により臨時に補充員を委員に充ててもなお会議を開くことができないときに限り、委員長が専決処分をすることができるとされている。専決処分をしたときは、委員長は、次回の会議においてこれを委員会に報告し、その承認を求めなければならないとされている。
 したがって、コロナウイルス感染症対策として、一堂に会しないで、持ち回り審議をしたいとする考えもあり得るが、選挙管理委員会においては、同法第189条の定足数に関する規定があることから、各委員がそれぞれの自宅その他の場所に所在しており、職員等が議案等の議決案件に係る書類をそれぞれの場所に持ち回って決裁を受けるような審議は、「出席」という概念には当たらず、このような持ち回り審議により選挙管理委員会としての意思決定をすることは特段の特例規定がない以上できないものと考えられる。 いわゆる「三密」を回避するため、一堂に会しての会議を開くことをしないのであれば、地方自治法施行令第137条第1項の規定による、委員会が成立しない又は招集する暇がないと認め、委員長の専決処分により対応するのが適当と考えられる。
なお、法令の解釈をするに当たっては、選挙管理委員会の開催の重要性、選挙の効力等に影響を及ぼすおそれなどに鑑み、安易な持ち回り審議での対応は、慎重にすべきと考えられる。
 イ 選挙人名簿の登録、抹消、表示等の業務(在外選挙人名簿を含む) 毎年3月、6月、9月、12月の各月の1日を基準日、登録日として行う選挙人名簿定時登録(公職選挙法第19条等)、選挙人名簿の表示、訂正等(同法第27条)、登録の抹消(同法第28条)、登録の移替え(公職選挙法施行令第17条)などは、法定業務であるため継続しなければならず、これらの議決等のための委員会の開催に際しては、当該会議を行う場においては、間隔を置いた着席、マスクの着用、手指消毒、換気などを徹底した上で開催することとなる。
 ウ 選挙人名簿抄本の閲覧 選挙人名簿抄本の閲覧(公職選挙法第28条の2、第28条の3)も平常時における法定業務であるが、この閲覧のために、選挙人、公職の候補者となろうとする者(公職にあるものを含む。)、政党その他の政治団体関係者などが外部から事務局に訪れることがあるので、訪れた閲覧者には、マスクの着用、手指消毒、換気などを徹底した上で、「三密」にならない場所において閲覧を実施し、閲覧後には使用した場所のテーブル、椅子等については、消毒のための拭き取りを励行するのが適当である。
 エ 他市町村選挙人の不在者投票 自らの市町村においては平常時であるため、選挙を執行していなくても、全国のいずれかの市町村においては、任期満了に伴う議会の議員又は長の選挙が執行されており、当該執行に係る市町村の選挙人が公職選挙法施行令第56条の規定による不在者投票のために訪れることがある。訪れた選挙人には、マスクの着用、手指消毒などを徹底した上で、不在者投票の事務に対応することとし、対応する立会人や事務従事者もマスクの着用、手指消毒などを徹底し、使用した場所のテーブル、椅子、筆記用具等については、消毒のための拭き取りを励行するのが適当である。
 オ 裁判員候補予定者及び検察審査員候補者予定者の名簿作成 裁判員候補者予定者名簿及び検察審査員候補者予定者名簿の作成事務は、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律及び検察審査会法に基づく法定業務のため、毎年所定の時期に実施しなければならない。この処理に当たっても、日常のとおりマスクの着用、手指消毒などを徹底する。
 カ 直接請求及び住民投票における署名審査 大規模流行期であっても最近の例でもあるように地方自治法や住民投票条例に基づく直接請求及び住民投票を求めるための署名収集が実施されているが、署名収集については法定期間の定めがあるため、市中において実際に選挙人への署名収集が請求代表者及び署名収集受任者によって行われ、選挙管理委員会に署名簿が審査のために提出された場合は、一定期間内に署名審査等を行わなければならない。この審査に当たっては、署名簿には数多くの選挙人が触れていることから、事務局職員の感染リスクを避けるためにマスクの着用、手指消毒などを徹底した上で継続する。
 キ 集会を伴わない常時啓発事業 選挙管理委員会の行う選挙に関する制度の周知、選挙啓発等のためにするホームページの更新等の実務は、日常の業務として行うが、この場合、関係事業者との打ち合せなどによる接触もあるので、マスクの着用、手指消毒などを徹底したうえで継続する。
 ⑵ 縮小する業務 以上の主な継続業務は、当該地方公共団体内での大規模流行期には、発生状況等を踏まえた当該地方公共団体策定の基本的指針・ガイドラインや選挙管理委員会委員及び事務局職員等の状況を見極め、事務局の体制を縮小するなどして、可能な限り業務を継続することが必要と考えられる。ただし、感染状況等の実態などから物理的に業務の遂行が不可能な場合は、方法の変更や延期等について検討する。
 ⑶ 休止等する業務 ア 明るい選挙推進協議会関係事業 《発生早期》明るい選挙推進協議会会長とともに選挙管理委員会と協議の上、当該地方公共団体の策定する基本的指針・ガイドラインなどに従って、マスクの着用、手指消毒、三密回避などの感染防止策を十分に行い、事業を継続する。 《大規模流行期》明るい選挙推進協議会会長とともに選挙管理委員会と協議の上、当該地方公共団体の策定する基本的指針・ガイドラインなどに従って、事業を中止又は延期する。 イ 常時啓発事業のうち出前授業その他集会等を伴う事業 
《発生早期》明るい選挙推進協議会会長、選挙管理委員会及び事業関係者と協議の上、当該地方公共団体の策定する基本的指針・ガイドラインなどに従って、マスクの着用、手指消毒、三密回避などの感染防止策を十分に行い、事業を継続する。
 《大規模流行期》明るい選挙推進協議会会長、選挙管理委員会及び事業関係者と協議の上、当該地方公共団体の策定する基本的指針・ガイドラインなどに従って、事業を中止又は延期する。
 ウ 市・区委員長会議等の開催(指定都市選挙管理委員会)
 《発生早期》委員長等と協議の上、当該地方公共団体の策定する基本的指針・ガイドラインなどに従って、マスクの着用、手指消毒、三密回避などの感染防止策を十分に行い、会議を開催する。
 《大規模流行期》委員長等と協議の上、当該地方公共団体の策定する基本的指針・ガイドラインなどに従って、会議を中止又は延期する。
 エ 選挙事務研修会 《発生早期》状況が許せば、当該地方公共団体の策定する基本的指針・ガイドラインなどに従って、マスクの着用、手指消毒、三密回避などの感染防止策を十分に行い、研修会を開催する。
 《大規模流行期》講師、参加者等の参集状況によって、当該地方公共団体の策定する基本的指針・ガイドラインなどに従って、研修会を中止又は延期する。* 以上、あえて記載するまでもない極当たり前の常識的なものを大雑把にお示ししたが、当たり前とされていることが重要である。ウイズ・コロナの下における選挙時でない平常時の選挙管理委員会の業務での対応については、あくまでも選挙人への感染防止とともに、選挙事務関係者の感染をも防止することを基本に据えて、適正かつ円滑な選挙管理業務の遂行を期さなければならない。
 私たちとしては、引き続き新型コロナウイルス感染予防のために、ウイルスの感染様式である「飛沫」と「接触」を防ぐことを基本としながら①咳エチケット、②手指洗浄・消毒、③三密回避(密閉、密集、密接)、④選挙の投票のための外出以外の不要不急の外出の自粛の4点の実践を徹底して、出口の見えないウイズ・コロナの下で各種選挙の適正な選挙の管理執行に努めていくことが必要である。