議会局「軍師」論のススメ(81-90) 清水 克士

議会局「軍師」論のススメ 第81回 そこに議会への「愛」はあるんか?
地方自治 2023.08.10

本記事は、月刊『ガバナンス』2022年12月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

 先日、ある町議会議員と意見交換した際、優秀な局職員を確保する手段として、事務局の共同設置制度を活用すべきではないかとの意見があった。それは事実上、町長に短期間で異動させられる自治体職員よりも、外部人材のほうが専門性に優るとの考えからである。

 そこで今号では、議会に求められる局職員像について考えたい。

■事務局共同設置に関する私見
 議会事務局の共同設置とは、第29次地方制度調査会の「効率的な行政運営や小規模市町村の事務の補完を可能とするため、内部組織、事務局及び行政機関についても共同設置が進められるよう、制度改正を含めた検討を行うことが適当である。」との答申を受けて、2011年の地方自治法改正で選択可能となったものである。

 しかし、この制度は地方からの反対があったにもかかわらず、市町村合併後の次なる「効率化」を意図する国が主導した経緯もあり、いまだに全国での適用例はない。その理由の一つとして挙げられるのは、定例会の時期が重なるため、議会日程上無理があることだ。そのため、法制担当を共有し政策立案分野での共同化を主張する向きもある。

 だが、現場の視点からは、政策立案分野の方が、より難題に思える。

 政策条例立案を前提とした場合、法的知識や法制執務に長けていることは最低条件でしかなく、自治体の現状を把握したうえで立法事実を整理し、議会内での合意形成に資する調整能力が最も重要であるからだ。そのうえで執行部との実務上の調整が必須となるため、当該自治体職員でなければ、求められるレベルでの調整は、事実上難しいのではないだろうか。

 また、全国町村議会議長会も「議会事務局の共同設置についての意見」で、「個々の自治体の事情、これまでの慣例、個々の議員の政見等を十分把握することができないままに議会運営に関わることとなり、途端に調整機能が低下し、混乱が生じる可能性が強い。」としている。

 共同設置の事務局は、いわば各議会を渡り歩く傭兵部隊である。傭兵は報酬のみを動機に戦うのであり、国民軍兵士のように愛国心が士気の源泉ではない。事実、戦況が不利になれば、最初に逃げ出すのは愛国心などない傭兵だとされている。

 実質を伴う市民視点での政策立案には、当該自治体への帰属意識が前提となり、ベタな表現をすれば、地元に対する「愛」が求められるのではないだろうか。

■局職員に求められるものとは
 だが一方で、全国の議員からは、議会事務局で目立つと出世に差し障ると考え、執行部へ戻るまでの腰掛気分で「こなし仕事」しかしないとの、局職員に対する厳しい評価も聞こえてくる。

 古い話だが、7年前のあるシンポジウム(注)では「議会愛〜市民のためになる議会と事務局職員のあり方」と題する鼎談があり、私はそこで「議会愛」なるフレーズを初めて聞いた。ところが「それは自分が先に言いだした」と主張する男が、そこに現れた。「誰が言い出したかなどどうでもいいこと」だと冷ややかに聞いていたが、その男は今も「議会愛」にこだわっている。

 物事の本質を端的に表現したセンスと世間に知らしめた功績には、敬意を表しておこう。なぜなら局職員に最も求められるものは、正にそこにあると思うからである。

注 2015年11月28日開催・議会事務局職員メーリングリスト(g-mix)オフ会in神戸

*文中、意見にわたる部分は私見である。


議会局「軍師」論のススメ 第82回 現状否定は「暴挙」なのか?
地方自治 2023.09.14

■理論なき実践は暴挙
 2022年11月に大阪で開催された主に議員向けのシンポジウム(注1)で、私も今年度末で定年退職することもあり、「現役卒業報告」の趣旨で講演の機会をいただいた。

(注1)ローカルマニフェスト推進連盟・関西勉強会「ごっつい取り組みと成果を学ぶ」。

 具体的には、憲法や地方自治法が予定していると解釈できる議会運営と現実のズレを例示して、立法趣旨に則った議会運営に転換する必要性と、その方向性について提案したものである。

 北川正恭・早稲田大学名誉教授は講評で、「実践なき理論は空虚であり、理論なき実践は暴挙である」(注2)との格言を引用して、「理屈は後で行動が先」と指摘しつつ、「清水理論は暴挙だが、多少、暴挙でも行け。これぐらいの迫力でないと世の中は変わらない」とも評された。

(注2)イマヌエル・カント「純粋理性批判」を原典とした、ピーター・ドラッカーの格言。

■学生による議会活動評価
 「大津市議会ミッションロードマップ」は、「政策立案」と「議会改革」に関する課題を、通任期の行程表に落とし込んだ議会活動の実行計画である。同時に、大津市議会とパートナーシップ協定を締結している3大学(注3)の有識者による外部評価を議員任期の最終年度に組み込んだ、独自の議会活動評価制度でもある。評価から抽出された課題を次任期へと引き継ぎ、新たなミッションロードマップ策定の指針とすることによって、議会活動評価を政策サイクルとリンクさせている(注4)。

(注3)龍谷大学、立命館大学、同志社大学を指す。

(注4) 詳細は、清水克士「『未来を語る議会』であるために~『大津市議会ミッションロードマップ』の目指すもの~」(地方議会人2016年9月号)を参照。

 今回の外部評価では新たな試みとして、有識者だけでなく一般市民としての学生からも評価を受けることになり、今里佳奈子・龍谷大学政策学部長のゼミ学生に、議会活動の外部評価を依頼した。

 学生には評価に必要となる基礎知識を講義済みであったが、最終講義の依頼を今里教授から受けたので、前述した勉強会での話を聴いてもらうことにした。学生に、「暴挙」と評された話をするのは混乱させるかとも思ったが、議論では何を前提とするかによって、結論が異なってくる。既習の講義でインプットされた「議会の常識」が正しいことを前提に評価してもらうよりも、その常識自体が市民目線から見て妥当なのか、「現状の議会活動の否定」をも視野に入れたゼロベースでの評価を期待したのである。

 講義は対面で行い、リアルな反応も見ながらではあったが、正直、どのように受け取られたかはわからない。だが、「昨日、本当に同じ話を議員の前でもしたのか?」との質問からは、議会のタブーに踏み込んだレベルの話だとは理解してくれたようだ。一方、「評価はストレートに表現して良いのか?」との質問からは、「大人の評価」を意識していたことが窺えたが、厳しい評価こそが次に繋がるのであり、甘い評価など何の役にも立たない。少なくともそのような忖度を払しょくできたところに、意義は感じられた。

 当日は「大津市議会広報広聴ビジョン・アクションプラン」の説明も行い、学生からは新たな広報ツールとして大津市議会LINE公式アカウントのプロトタイプの提案説明を受けた。今後の展開としては、評価結果と学生から提案のあった公式アカウントに関して、議員との意見交換の場を予定している。

 そして、庁内の廊下で見知らぬ職員にも、礼儀正しく挨拶する学生の姿を見て、そんな純真さをとっくに失くしてしまった我が身を恥じながらも、今は「暴挙」の視点での学生からの評価を楽しみにしている。

*文中、意見にわたる部分は私見である。

第83回 議会局による「補佐の射程」はどこまでか? は2023年10月19日(木)公開予定です。


議会局「軍師」論のススメ 第83回 議会局による「補佐の射程」はどこまでか?
地方自治 2023.10.19

 先月、廣瀬克哉・法政大学総長と土山希美枝・法政大学法学部教授が主宰する現代法研究所プロジェクトに招聘された。主題は「議会改革における議会事務局の機能」で、研究会における発表も含め、今号では標題に関する私見を述べたい。

■議会(事務)局の多様性
 最初に、私が知る他の議会(事務)局(以下「局」)における、様々な実態について、自治体規模、議員気質、議長任命権の実質性、局職員気質などの要件別に具体例を話した。

 ある離島の局長からは、「局職員は総勢2名だが十分」と言われ、「大津市議会局は何故そんなに忙しいのか」と不思議がられたことがある。最初に定例的な議事運営だけが守備範囲と思い込むと、政策立案の補佐などは担うべき仕事とは認識され得ないのである。

 その意味で、議会の政策立案機能に、局としてコミットする共通理解の有無が、「補佐の射程」を決める一つの要件といえるだろう。

■「政治的中立性」の曖昧さ
 二つ目の要件は、議会の政策立案に関与する際に、しばしば課題とされる局職員の「政治的中立性」の解釈である。それは、局職員の議会、議員に対するスタンス、内面的な距離感覚にも大きな影響を与えるからである。

 局職員の中立性に関する比較対象としては、地方公務員の範疇では執行部職員との比較、他には国会における議院法制局も比較対象とされ論じられてきた。

 だが、後者の比較論はともに合議制機関における補佐組織という共通項はあるものの、そもそも国は議院内閣制、自治体は二元的代表制と、前提となる制度が根本的に異なる。また、国会運営に地方議会が準拠しなければならない法的根拠もないことに鑑みると、比較対象としての妥当性に疑問が残る。

 しかし、公務の「政治的中立性」に関しての司法判断も乏しいが、国と地方、政と官、それぞれの相場観に大きな違いがあることは事実である。そして、それこそが議論がかみ合わない原因でもあるため、今回は国の機関も含めて考察することにした。

■「補佐の射程」を定めるために
 考察に際しては嶋田博子・京都大学大学院公共政策連携研究部教授の論文(注)を参考に、国の省庁職員、議院法制局職員、自治体の執行部職員、局職員の立場の相関関係を整理した。区分は自律性と政策関与度を軸に分類された、「A超然性」「B政治的影響の遮断」「C政権への誠実」「D従属性」「E逃避性」の『5つの「中立性」の含意』に拠った。

(注)『公務の「中立性」はどう理解されてきたか』(立命館大学政策科学24 2017年3月4日)

 ここで詳細を述べる余裕はないが、政策立案にコミットするという意味での議会局職員、執行部職員、国の省庁職員はC、国の議院法制局職員はD、政策立案に関与しない議会事務局職員はEに分類した。そのうえで各々が抱く主観的な中立性を前提としたイメージ的議論ではなく、中立性を具体的に定義するための法的議論や、議会職員と行政職員が想定する中立レベルを均一化させることが必要と結論付けた。

 もちろん、課題の源流には、我が国の公務員法制が、旧憲法下ではドイツ型官吏制を採用しながら、戦後はアメリカ型の政官分離の建前を導入した歴史的経緯によって生じた混乱があり、一朝一夕には解決できないだろうが、局による「補佐の射程」を確定するためには、避けられない議論だと考えている。

*文中、意見にわたる部分は私見である。

第84回 「チーム議会」の広がりに必要なものは何か? は2023年11月9日(木)公開予定です。


議会局「軍師」論のススメ 第84回 「チーム議会」の広がりに必要なものは何か?
地方自治 2023.11.09
 1月末、大正大学地域構想研究所が主催する「地域政策ネットワークフォーラム〜地域の課題と自治体議会の役割〜」に参加した。

 パネルディスカッションで江藤俊昭・大正大学教授から発言の機会を与えられたので、議論で触れられた「チーム議会」が、全国でオーソライズされるための課題についての考えを述べた。今号では、会場での発言に補足して論じたい。

■誰のために仕事をするのか
 「チーム議会」は、過去においては、個々の議員が会派の壁を越えて機関として活動する議会を形容するものであったが、今ではさらに局職員も一員として協働する議会を意味するようになってきた。

 自治体執行部においては、任命職たる職員は公選職の首長を補佐し、行政機関一体となって住民のために仕事をするものという意識は、当然のこととして共有されており、異論が挟まる余地はないだろう。だが一方で、パネリストの片山善博・大正大学地域構想研究所所長は、「チーム議会」を肯定的に捉えつつも、鳥取県知事時代の話として、議会事務局職員が議員野球の世話に奔走している姿を見て、「誰のために仕事をしているのか」と尋ねたそうである。「議員のため」と答えた局職員に、「県民ための仕事をするという意識が必要」と苦言を呈したとのことであった。

 この感覚は決して過去のものではなく、今でも両者は同じ地方公務員でありながら、誰のために仕事をするのかという根本的な部分での意識にズレがある。

 筆者も市町村アカデミーで議会事務局職員研修の講師を務めた際に、受講者に同じ質問をしたことがある。案の定「議員のため」と答えた受講生に、「執行部でも市長のために仕事をしていると思っていたのか」と再質問したところ、「市民ため」との論理一貫しない答えを聞かされた経験を話した(注1)。

(注1)清水克士「議会(事務)局職員は誰のために働くのか?」(『ガバナンス』2019年5月号)

 この観点からは、局職員は執行部職員よりも、目前の公選職対応に流され主権者が視野に入っていない、近視眼的な執務態度に陥りがちとなる傾向が課題といえる。もとより「チーム議会」が成立するには、議員と局職員が相互にリスペクトする関係性が必要だが、それはともに住民福祉向上のために働く存在であるという共通認識が大前提となるからである。

■局職員の任務は異なるのか?
 同様に課題となるのは、局職員によるボトムアップに関する「政治的中立性」の解釈である。詳細については、前号(注2)で論じたのでここでは割愛するが、局職員が議会の政策立案を担うことについては、執行部職員と比して抑制的であるべきとの意見が、法的根拠なく定着していることが「チーム議会」を実現するにあたっての障害となる。

(注2)清水克士「議会局による『補佐の射程』はどこまでか?」(『ガバナンス』2023年2月号)

■議会の常識を変える難しさ
 「チーム議会」の意義を全国で理解してもらうには、この二つの誤解を解くことが、キーになると考えている。それは、局職員は任命職としての法的立場は執行部職員と同一であり、この二つの課題は長年培われた議会の常識に起因する。法に起因するものであれば改正を求めれば良いが、いわばイメージ的に根付いた常識を変えることは、明確なプロセスを示しがたく、より難しい課題ともいえる。

 自治体議会を論じるプラットフォームには、議会の常識を変える運動論の展開に期待したい。

*文中、意見にわたる部分は私見である。

第85回 「議員との付き合い方」はどうすべきか? は2023年12月14日(木)公開予定です。


議会局「軍師」論のススメ 第85回 「議員との付き合い方」はどうすべきか?
地方自治 2023.12.14

 新年度を機に、多くの議会(事務)局では人事異動で新体制になる。

 私も3月末で定年退職し、議会局長ではなくなったが、個人的に自治体議会には関わっていくつもりである。ついては、この連載も継続になったので、8年目もよろしくお付き合い願いたい。

■議会特有の研修テーマ
 さて、先日、ある地方の議長会からの依頼を受け、議会事務局職員研修の講師を務めた。依頼された研修テーマは「議会事務局職員の役割」であったが、それに付随して「議員との付き合い方」とのテーマが特出しされており、その意図について主催者にあらためて確認した。

 それは、各議会から議員の行動にどう対応すべきかとの切実な相談が多数あり、議長会事務局としてもその対応に苦慮している事情があるようであった。

 だが、行政職員研修では、「首長との付き合い方」などという研修テーマは聞いたことがなく、公選職が任命職よりも多数を占める自治体議会(注)ならではの研修テーマと感じた。

(注)東京都議会を除く

■普遍的な正解がない課題
 主催者から提示された相談例の一つは、議会運営委員会で確認済の本会議運営について、開会直前に個別に局職員に異議を唱える議員や、議運決定事項を順守せずに単独行動する議員のように、機関決定を無視する議員が全体秩序を乱すパターン。

 もう一つは、新旧議長の仲が悪く、議会改革が進まないケースや、ベテラン議員が議長を含む他議員に自説を押し付けるケースのように、議員間の関係性によって議会活動が阻害されるパターンに大別された。

 前者の機関決定に従わないパターンは、組織統治上の問題なので議長主導によって公式の場での議論に委ねるべきであり、局職員としてはむしろ個別対応すべきではないだろう。

 後者のパターンのうち、前段の新旧議長の人間関係によって議会改革が停滞するケースでは、「議会改革推進委員会」のような議長の諮問機関を設置する組織的対応も考えられるが、悩ましいのは後段のケースである。

 一般社会でも「何を言ったかよりも、誰が言ったかで決まる」ことはありがちであるが、政治の世界ではより顕在化する。そして、そのパラダイムでは、組織上の立場よりも個人の力関係が優先されるので、多くの場合、正論は通用しなくなり、建設的議論などできなくなるからだ。

■「チーム議会」の実現を目指して
 残念ながら人間関係に起因するトラブルに万能な解決策などないように、「議員との付き合い方」についても、普遍的な正解などあり得ず、ケースバイケースの判断とならざるを得ない。その際の個別判断の拠り所は、経験に裏打ちされた嗅覚や勘でしかないが、それを醸成するのは日常的な議員との距離感である。24時間365日公選職としての立ち振る舞いを求められる議員との距離を縮めるには、「働き方改革」が叫ばれるご時世ではあるが、サラリーマン的な9時5時感覚では難しい。ここで具体例に紙幅を割く余裕はないが、あえて言うなら、決して「公私混同」ではない「公私一体」の精神で臨むことが、正解への近道である。

 いずれにしても、議員と局職員が協働できる関係性にある「チーム議会」の成否が、議会活動の成果をも左右する。局職員の皆さんには、是非とも議員と良好な関係を構築し、議会を楽しんでもらいたい。

*文中、意見にわたる部分は私見である。

第86回 『本当の「DXできない理由」とは何なのか?』 は2024年1月18日(木)公開予定です。


議会局「軍師」論のススメ 第86回 本当の「DXできない理由」とは何なのか?
地方自治 2024.01.18

 先日、朝日新聞から、統一地方選挙を控えて同紙が実施した、全国地方議会アンケートに基づく取材を受けた。具体的には、委員会のオンライン開催をしている議会は、全国的には6.5%に止まるなど、議会のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進まない現状へのコメントを求められた。

 今号では、アンケートにおける「DXできない理由」について、思うところを記したい。

■議員平均年齢の問題なのか?
 記事では、DXできない理由は「平均年齢が高い現状では議員が(DXに)ついてこられない可能性が高い」「端末の操作について、議員により得意・不得意の差が大きい」「機器の操作に不慣れな議員が多く、紙媒体の資料を廃止するのが困難」などとされ、「地方議員が高齢層に偏っていることの弊害」だと総括されていた(注)。

(注)朝日新聞夕刊「地方議会 デジタル及び腰」(2023.3.15)

 だが、大津市議会で2014年に全国に先駆けてタブレットを導入した際にも、同様の不安はあったが、現実には障害とはならなかった。それは、議案説明などで活用する際には、説明員のタブレット画面上の資料ページが、全議員のタブレット画面にも反映される「会議同期システム」を採用して議員側の操作を不要としたり、一般質問等でタブレットを使用して写真やグラフ等の補助資料を、スクリーン投影させながら質問する練習に、マンツーマンで局職員がサポートするなど、ハード、ソフト両面からの努力が功を奏した成功体験がある。

 その実体験があったからこそ、コロナ禍における急遽のオンライン委員会導入にあたっても、議員からの特段の反対意見もなかった。13回開催したオンライン委員会でも、大きなトラブルもなく、導入していなければ失われていた議員の権利を保全できたと自負している。

■「できない理由」の不都合な真実
 ところが、時として私のオンライン議会実現へのこだわりは、私個人がデジタル好きだからだと、誤解されることがある。

 事実は、私はどちらかというとデジタル技術には疎く、好きでもない。オンライン議会についても、むやみに行うべきものではなく、議会の原則はあくまでリアルでの議論だと考えている。しかし同時に、議会のDXについては、趣味性の話ではなく、議会の持続可能性ひいては存在意義にかかわる、逃げてはならない課題だとも思っている。

 その認識からは、前述の「DXできない理由」は奇異に思える。高齢議員を一律にデジタルデバイド扱いする前提も偏見だと感じるし、「DXについてこられない可能性が高い」というのも実証に基づくものではなく、主観的な思い込みではないだろうか。仮に「DXについてこられず」「機器の操作に不慣れな議員が多い」のが事実だとしても、それを克服する手段を考え、実現することが与えられた重要な仕事ではないのだろうか。

 議会の存在意義にかかわる問題を、「できない理由」をならべて放置するのは、最終的には専決処分に委ねてしまえばよいとする潜在意識にあるのではないか。そうであるならば、「DXできない本当の理由」は、議員については二元的代表制の一翼を担う公選職としての責任感の問題、局職員については議会を本気で支えようとする任命職としての矜持の問題だと言ったなら、過ぎたことだろうか。

第87回 『議会のデフォルトは普遍的なものなのか?』 は2024年2月15日(木)公開予定です。


議会局「軍師」論のススメ 第87回 議会のデフォルトは普遍的なものなのか?
地方自治 2024.02.15

 統一地方選挙が終わった時期でもあり、今号では特に新人議員が普遍的なルールとして認識しがちな議会のデフォルト(初期設定)について、その変換の必要性も含めて考えてみたい。

■「新人」であることのデフォルト
 議員は基本的にベテランも新人も同報酬である。もとより報酬は、自らの裁量で行った仕事の成果への対価とされているところから、法は新人にもベテランと同等の成果を期待している。その観点からは、報道でよくある「職責を果たせるようこれから勉強します」との新人議員のコメントは不適切ということになる。法は当選時点で議員としての職責を果たせる者が、選挙で選ばれているはず、との立て付けになっているからである。

 それは研修に関する法体系からも推察される。一般職の公務員には、地方公務員法(以下「地公法」)第39条で、研修を受ける権利が規定されている。だが、地公法の適用外となる特別職は、職責を果たす能力を有するものが任命される職との考えから、そのような規定はない。法は特別職である議員が、今さら研修を受けることなど想定していないのである。

 もちろん、研修など必要としない新人議員ばかりでないのが現実であろうが、立法趣旨以外にも、議員報酬の原資となる税金を払う市民の目線からは、新人にも同額の報酬を払うのであれば、任期当初からベテランと同等の働きを期待するのは当然で、「当選してから勉強されていたのでは困る」のである。

 議会(事務)局としても、公費から議員研修の費用を支出することは法的根拠がない以上、議会基本条例に根拠条項を設けるなどの根拠規定を整備しない限り、不当支出の誹りを受けかねないことに留意すべきであろう。

■「議員の仕事」のデフォルト
 一方で、多くの新人議員にとっては、直近の定例会での一般質問の調製が関心事であろう。実際、「一般質問をしたくて議員になった」と公言する議員は珍しくない。

 だが、確かに暴露型の一般質問が端緒となり、結果的に行政が正されることもあるが、それをもって一般質問が議員の主な仕事であるとは言えないだろう。

 一般質問は議員個人としての活動であり、機関としての議会活動の本質とまでは言い難いからだ。法的にも根拠はなく、それぞれの議会で定める会議規則(注)に根拠規定を置いて行われているものであり、法的には機関として必ず行わなければならないものではない。

(注)大津市議会においては会議条例

 議会に課せられた最大の義務は、議決機関として議決することであり、議員にとっては、合議制機関の構成員として、議案審議の過程で議論し、賛否を決めることが最も重要な仕事である。立法趣旨と議会の実態や議員の意識が、最も乖離している例ではないだろうか。

■議会のデフォルト変換の必要性
 だが、この誤解を全て新人議員に帰責するのは酷だろう。それは、議会運営に限って述べれば、多くの議会の「本会議」は議論の場としては形骸化しており、議案審議過程での議員間討議など想定されていないのが実態だからだ。

 議会としては、法が求める議事機関の姿を実現するために、機関の本質にふさわしい議会運営へのデフォルト変換が、今こそ求められるのではないだろうか。

第88回 『住民認知度向上に求められるものは何か?』 は2024年3月14日(木)公開予定です。


議会局「軍師」論のススメ 第88回 住民認知度向上に求められるものは何か?
地方自治 2024.03.14

 5月末に早稲田大学で開催された新人議員研修会(注1)で、議会、議員に関する立法趣旨と実態の乖離について、講演する機会があった。

注1 ローカルマニフェスト推進連盟主催

 今号では、研修会で語ったことに加えて、議会の認知度向上の観点からも論じてみたい。

■議長任期は何年なのか?
 一般社会での報道を見ても、議員には公選職との意識はあっても、特別職の公務員との認識は希薄な傾向にある。そこで研修会では、公務員に求められる法令遵守のケーススタディとして、全ての議員が経験する議長選挙に関する話をした。

 地方自治法(以下「自治法」)103条2項では「議長及び副議長の任期は、議員の任期による」、自治法93条1項では「議員の任期は4年」と明確に定められている。ところが多くの自治体議会では、議長が法定任期を全うすることはなく、申し合わせによって事実上1、2年に短縮した運用をしている。

 もちろん、現職が自主的に辞職し、新たな議長が選出された結果であるので、形式上は違法ではない。だが、機関意思として法規定と異なる申し合わせをして運用することを、世間では「脱法行為」と呼ぶのではないだろうか。

 全国を俯瞰しても、法定任期を遵守する議会のほうが少数派という事実は、一般職公務員の規範意識からは驚きを禁じ得ない。

■議長選挙は「闇談合」なのか?
 一方、議長選挙には、自治法118条の規定により、公職選挙法(以下「公選法」)が一部準用される。公選法の目的規定では、「その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明且つ適正に行われることを確保」すると定めており、一部準用であっても目的規定に定める立法趣旨は議長選挙においても遵守すべきものだろう。具体的には選挙プロセスの透明性と信頼性の確保が求められよう。

 ところが、住民からは誰が有力候補なのかさえもわからないまま、選挙では特定議員に票が集中して決着する議長選挙が、透明性のある選挙プロセスといえるだろうか。片山善博・大正大学地域構想研究所長は、議場では形式的な予算審議しかせずに、予算案の調製過程で内々に協議調整する実態を、「内々協議は闇談合」(注2)と評するが、議長選挙においても住民から見えない水面下で調整してしまう点は同様であり、「闇談合」の誹りを免れないのではないか。

注2 京都新聞2023.5.30朝刊

 公選法の目的である公正さの確保を議長選挙でも実現するためには、該当条項が準用されていなくとも事実上の立候補制度の確立が最低限必要だろう。それは、仮に選挙結果が変わらないとしても、議長になったら何をしたいのか、所信表明を聴いて質疑し、投票行動を決定するという一連のプロセスを、住民に公開すること自体に重要な意義があると考えられるからだ。

■住民認知度向上のために
 住民に首長の名前を尋ねれば、多くの住民は答えられるだろうが、議長の名前を尋ねて答えられる住民がどれだけいるだろうか。二元的代表制では執行機関と議事機関は対等とされるが、住民認知度において、その差は顕著である。

 その差を埋め議会の認知度向上を図るためには、これまでは水面下で行ってきたことを透明化するだけでなく、住民にさらに積極的な情報公開をすることが、最初の一歩として必要なのではないだろうか。

第89回 『自ら決められない議会に「住民自治」が担えるのか』 は2024年4月11日(木)公開予定です。


議会局「軍師」論のススメ 第89回 自ら決められない議会に「住民自治」が担えるのか
地方自治 2024.04.11

 6月にあるジャーナリストから、地方議会改革の話の流れで、憲法改正を前提とした自治体への議院内閣制導入について、見解を求められた。

 テーマが大きく、様々な論点が想定されるので、ここでは自治体議会における政党政治と地域代表制の論点から、私見を整理してみたい。

■必然となる政党政治
 現行の地方自治制度は、首長と議員がそれぞれ直接選挙で選出される二元的代表制であり、首長は議会多数派に支持されるとは限らない。

 一方、国政では国会における多数派政党が首相を指名して政策を推進する議院内閣制である。

 議会と首長が対等関係にある二元的代表制とは異なり、議院内閣制では議会多数派の政党が政策決定に大きな影響力を持つため、政党政治が前提となる。自治体に議院内閣制を導入すれば、国会と同様に自治体議会でも政党化の流れは必然と想定される。

■政党政治の利害得失
 では、政党政治化が自治体議会にも相応しいのだろうか。

 自治体議会では、その規模によって政党化比率は異なる。無所属を標榜する議員の割合は、都道府県議会では23.2%、市議会では59.4%、町村議会では87.4%と事情は大きく異なる(注)。

注 総務省「地方公共団体の議会の議員及び長の所属党派別人員調等」(2022年12月31日現在)

 この結果からは、広域自治体議会よりも基礎自治体議会、大規模議会よりも小規模議会の政党化比率が低いことから、政党化と地域代表制はトレードオフの関係性にあると言えるのではないだろうか。

 政党は、共通の主義主張を持った者が集まり、政策形成を図り、実現することを目的の一つとした集団であり、政党政治化した議会のほうが、より活発な政策論争が期待できる一面もあるだろう。

 しかし、自治体議員は、地域代表制を重視した選挙制度が維持されてきた歴史的経緯も相まって、「住民自治」を具現化する重要な役割を担うことも言を俟たない。

■「住民自治」と政党の親和性
 「住民自治」の視点での政党化の弊害は、議案に対する賛否態度や政策立案内容について、時として党本部からの干渉を受けることだ。議決に至る賛否態度決定は議員にとって最も重要な仕事であり、政策立案も地域の実情を第一に反映したものであるべきであろう。

 地方分権は、地域の多様性が軽視された画一的な政策に対するアンチテーゼではなかったか。党本部が決めたことに追従するだけでは、住民から見た自治体議会の存在感が高まることはないだろう。住民の代表である自治体議員は、住民が地域のことを決める「住民自治」を推進すべき立場にあるはずだが、国の機関ではない政党からといえども、中央の指示で地方の意見を変えてしまっては自己矛盾であろう。

■求められる多様な地方自治制度
 地方政治は国政の縮図であるべきではないことを前提に比較衡量するなら、自治体議会の政党化の進展は、住民自治を減殺するデメリットの方が大きいのではないか。

 したがって、政党政治を前提とする議院内閣制と、「住民自治」を担う自治体議会との親和性については、私は否定的に解している。

 いずれにしても、地方自治制度改革は地方のことは地方で決めることを普遍的前提として、規模や地域によって多様な枠組みを構築することが必要ではないだろうか。

第90回 『誰のため、何のための「一般質問」なのか?』 は2024年5月9日(木)公開予定です。


議会局「軍師」論のススメ 第90回 誰のため、何のための「一般質問」なのか?
地方自治 2024.05.09

 7月に「どうする?一般質問のトリセツ」(注)と題する勉強会にコメンテーターとして参加した。

 グループディスカッションでは、一般質問の課題抽出と解決手法に分けて、意見交換が行われた。今号では、勉強会での議論をもとに、一般質問に関する私見を述べたい。

注 「輝け議会!対話による地方議会活性化フォーラム」主催

■一般質問の表層的課題
 私が参加したグループでは一般質問の課題として、「持論を展開するばかりで質問になっていない」「地域要望に終始している」「数字を聞いているだけの質問」などの例が挙げられた。

 たしかに、自己主張することを目的とした質問や、形式上は質問であっても事務的な回答を求めるに過ぎないものは、一般質問に期待される本来のものではないだろう。

■一般質問の本質的課題
 そもそも議会の中心的議事日程と思われがちであるが、一般質問には法的根拠がなく、各議会の裁量で会議規則に定めを置いて行っているものに過ぎない。

 実務上も本会議における議案上程から採決に至るまでの議事日程は、いずれも議決機関としての権限を行使するためのプロセスである。そこに議案審議に必須の質疑とは異なり、議案とは無関係な一般質問が一連の議事日程に挟み込まれるのは違和感がないだろうか。

 それは、一般質問は議員活動の延長線上にあり、機関としての活動ではないことに起因する。俯瞰的には、議員個人にではなく、合議制機関の議会にのみ機関としての権限が与えられている、自治体議会の根幹的制度設計に拠るものであろう。

 したがって、一般質問を議会として活かすには、機関としての議会活動に昇華させることが必要である。そのためには、その手法を各議会で確立することが前提となる。

■機関活動に昇華させるには
 具体例としては、北海道別海町議会のように通告前に、議会として一般質問項目を集約して全体で議論する「一般質問検討会議」を設けていることや、北海道鷹栖町議会のように、住民にあらかじめ質問内容を広報するとともに、本会議当日には傍聴者に一般質問の質疑応答内容に「通信簿」をつけてもらう試みなど、多様な事例がある。

 手法は様々でも、共通するポイントは、議員個人ではなく機関である議会として、一般質問を活用しようとしていることである。

 先のような弊害が指摘されるのは、議員に一般質問を機関活動に反映しようとの意識が乏しく、議員個人のパフォーマンスの場と誤解している例が多いからであろう。

■一般質問による政策提案可能性
 一方、一般質問を政策立案機能発揮のツールとしても活用すべきとの論もあるが、私は困難だと考えている。もちろん、執行部と水面下で調整してきた議会提案の政策を、最終局面でオーソライズするための手段としてはあり得る。だが、政策提案の局面でこそ機関としての合意形成が大前提となるため、一般質問が議員活動の延長線上にある限りは難しいだろう。

 また、白紙の状態で、新たな政策を一般質問で提案してみても、質問者以外は全て反対するかもしれない一議員の提案に、執行機関の賛意を得ることは現実的ではない。予算やマンパワー確保の必要性からも、通告から答弁までの日程を考えると、政策提案手法としては明らかに不向きだと考えるからである。

第91回 『議長は「任命権者」ではなかったのか? 』 は2024年6月13日(木)公開予定です。