ご近所知恵だし会議

第35回 アクションにつなげる「対話」の場のあり方~青森県むつ市の「ご近所知恵だし会議」の実践から~(2015/9/17 早大マニフェスト研究所)

 

早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第35回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「アクションにつなげる「対話」の場のあり方~青森県むつ市の『ご近所知恵だし会議』の実践から~」をお届けします。

大湊駅でのおもてなしの様子

大湊駅でのおもてなしの様子

地域での「対話」の重要性

これまでこのコラムで、地域での「対話(ダイアローグ)」の重要性を何度も述べてきました。「対話」とは、「討論(デイベート)」のように、物事に白黒をはっきりつけるようなやり方ではなく、相手の意見を最大限尊重すること、相手の立場に立つこと、それぞれの考えを理解した上での相対化を経て、新たな解決策を導く話し合いのやり方です。何かを決めることをノルマにせず、相手をまず理解すること、相互に気づきを得ること、参加者の関係の質を上げることを目指しています。

対話と討論を比べるなら、討論の目的は勝つことです。一方、対話の目的は共通の基盤を探すことです。話し合いに臨む姿勢も、討論には正しい答えは自分の考えだといった前提がありますが、対話の場合は、誰もが良いアイデアを持っている、それを持ちよれば良い解決策が生まれるという前提です。つまり、討論は戦闘的であり、対話は協力的です。相手の話を聞くスタンスも、討論は相手の欠点を探し、反論を組み立てながら話を聞きますが、対話は理解しよう、意義を見出そう、同意しようとしながら話を聞きます。

今、地域のまちづくりの場には、この対話の姿勢が求められていると思います。対話により共に語り合い、考えることが、共に行動することにつながります。対話により、意味が共有化されれば、少しぐらい理由に賛同できないところがあっても、協力的な行動を取ることができるようになります。それが対話の大きな効果です。

対話のメリットを整理すると、多様な意見の表出、参加することによる「気付き」、新しい関係性(つながり)の構築、前向きな次へのアクションなどがあります。しかし、対話をアクションにつなげるには難しい面もあります。ワークショップをやって、その場は盛り上がるが、その後につながらないと言われることがよくあります。今回は、青森県むつ市で行われている「ご近所知恵だし会議」の実践を通して、アクションにつなげる「対話」の場のあり方について考えたいと思います。

ワールド・カフェのテーブルでの話し合い

ワールド・カフェのテーブルでの話し合い

むつ市の「ご近所知恵だし会議」の実践

むつ市では、2012年度から町内会など地域コミュニティーを対象に、地域の課題解決に向けて住民自らが知恵を出し合う場として「ご近所知恵だし会議」を開催しています。

2014年度は、「よそ者」の視点と「若者」の行動力を地域に取り入れようと、私がアドバイザー、ファシリテーターとなり、ゼミの学生も参加して、大湊新町町内会の皆さんを対象に行われました(コラム第27回)。町内会の皆さん、学生、市職員などが参加して、「まちの魅力再発見!自慢できる大湊新町へ!」というテーマで、ワールド・カフェのスタイルで対話が行われました。そこから出た、「大湊の魅力を紹介するプロモーションビデオ(PV)を作り、インターネットを通じて広くアピールする」というアイデアを、学生と地域の人が一緒になって実践。PV「かさまい大湊」が作成されました。この副次効果として、撮影に協力したJR東日本大湊駅では、待合室に撮影の内容を紹介するパネルが設置され、スクリーンでビデオが現在でも放映されています。パネルは、地域の金融機関のロビーにも設置されるようになりました。地域に新しいつながり、PVをきっかけとしたテーマコミュニテイーが生まれました。

2015年度は、前年度できたつながりを発展させた取り組みを行おうということで、引き続き大湊地区で実施する方向で検討していました。大湊地区には、JR東日本大湊線の終着駅で本州最果ての駅、大湊駅があります。タイミングよく、2016年春の北海道新幹線開業後、7~9月に行われる大規模観光企画「青森県・函館デスティネーションキャンペーン(DC)」も開催されます。大湊駅を玄関としたむつ下北地域の観光における「おもてなし」の発信をどうするかを悩んでいた、PVにも出演した大湊駅の柴田博之駅長がテーマの提供者となり、「ご近所知恵だし会議」が開かれることになりました。

安渡館でのワールド・カフェの様子

安渡館でのワールド・カフェの様子

「おもてなし」の発信を考えるワールド・カフェとアクション

6月20日、大湊駅社員、地元大湊新町の町内会の皆さん、佐藤ゼミなどの大学生、むつ市役所職員のほか、公募で集まった多様な年代の市民総勢50人が、観光交流センター「北の防人大湊安渡館」に集まりました。今回は、DCに向けて、7月16日に現地視察で大湊駅に訪れる県外旅行業者に対する大湊駅でのお出迎え、歓迎イベント、駅待合室のデザインなどにターゲットを絞り、対話を行いました。

冒頭、柴田駅長から、「大湊駅としてもむつ下北としても、千載一遇の大チャンス」と、今回のDCに掛ける並々ならぬ思いが語られました。対話は、私がファシリテーターを務め、昔の洋館を思わせる旧海軍要港部庁舎を模した安渡館の趣のあるリラックスした雰囲気の中で、ワールド・カフェスタイルで行われました。「むつ、下北の自慢、良いところは?」「7月のイベントで行う、ワクワクして楽しいおもてなしのアイデアは?」の問いについて、活発に対話が行われました。「日本猿、かもしかなどの下北の野生動物で何かができないか」「ホタテやうになど、むつ、下北の名産品をプレゼントで渡せないか」「7月は暑いので、おしぼりを配り、そのおしぼりには下北特産のヒバの香りをつけよう」、などワクワクする面白いアイデアがたくさん出てきました。

思いを語る柴田大湊駅長

思いを語る柴田大湊駅長

ワールド・カフェの後、企画の主催者であるむつ市の市民連携課の職員は、出てきたアイデアを出迎え系、プレゼント系、展示系、企画系に整理。7月の現地視察に際して実施すること、来年のDCスタートまでに準備することに分類し、大湊駅社員の方や、ワールド・カフェに参加したステークホルダーと、実現と参加の可能性について詰めていきました。

7月16日のイベント当日には、むつ市の宮下宗一郎市長をはじめ、むつ市民約300人が大湊駅に集まり、40人の旅行業者の方々を出迎えました。駅待合室では、ヒバのチップで下北の香りを体感。昨年のPVにも参加した地域の幼稚園児による太鼓演奏。子どもから大人までが、大漁旗や下北半島をかたどった小旗を振る。下北名産の焼きたてのホタテのプレゼント。ヒバの香りを楽しめるおしぼりなどなど、ワールド・カフェの対話で出されたアイデアがアクションにつながり、実現されました。旅行業者の方々には、むつ、下北の魅力を強烈にアピールできたと思います。

私のゼミの女子学生3人は、むつに遊びに行けるといった程度の思いでワールド・カフェに参加しました。しかし、対話の中で、自分自身がアイデアを発言し、周りの人のアイデアを聞くうちに、この企画が「他人事」から「自分事」になり、最後は、サルのコスプレをして出迎えをすることになりました。これが、「当事者意識」を生み出す、対話の大きな力だと思います。

一連の取り組みを振り返り、大湊駅の柴田駅長は「当初は、むつ市民の方々と一緒に単なるお出迎えでもできればと考えていたものが、ご近所知恵出し会議での皆さまのアイデアによって、想像していなかった質の高いおもてなしイベントにしていただきました」と話しています。また、むつ市の宮下市長はこうした市民の取り組みを、「多様な主体がまちづくりの当事者として、共に知恵を出し共に汗をかく“市民協働参画のまちづくり”の実践であり、このような取り組みを一つひとつ積み重ねていくことが、“希望のまち・むつ市”の実現につながっていく」と評価しています。

自分事化した女子学生達と宮下市長

自分事化した女子学生達と宮下市長

アクションにつなげる「対話」の場のあり方

対話をアクションにつなげる上で一番重要になるのは、解決したい問題の提供者であるテーマオーナーの課題に対する情熱と思いです。それがすべてのスタートになります。今回の対話は、テーマオーナーである大湊駅の柴田駅長の強い思いから始まっています。その思いが対話の参加者に伝わり、行動に結び付いたと思います。

また、ワールド・カフェにおける盛り上がり、対話の熱を形にするには、事務局の役割も重要になります。今回は、むつ市の市民連携課の職員が、対話の結果を実施計画に落とし込み、その内容を参加したステークホルダーと情報共有、参加とアクションにまでつなげていきました。

対話をやりっぱなしにしない、対話の後工程が重要になります。もちろん、対話に多様なステークホルダーに参加してもらうこと、対話の場をコーデイネーとするファシリテーターの役割や、対話を行う場の雰囲気作りも欠かせません。対話(ダイアローグ)から、参加者の関係性が生まれ(ネットワーキング)、よしやろうと覚悟が決まり(コミットメント)、行動が起きる(アクション)ことで、地域に変革(イノベーション)が起きると思います。むつ市の今回の事例は、小さなアクションですが、対話の可能性を示すものになっています。

今、地方創生が声高に叫ばれています。しかし、地方創生が成功するには、依存から自立、地方から知恵、アイデアが生まれる仕組みとしての対話の場が不可欠です。また、対話から生まれるアクションがなければ、地域に変化は起きません。これが地方創生の本質だと思います。問われるのは地域での「話し合いの質」と、そこからアクションにつなげる覚悟と本気さだと思います。そんな対話の場が全国に広がってほしいと思います。

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◇        ◇        ◇

佐藤淳氏青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。