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島根県海士町に人が集まる秘密とは? 「役場は住民総合サービス会社」という山内道雄町長の改革

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「ないものはない」。日本海の島根半島沖合約60キロに浮かぶ隠岐諸島、その島のひとつである島根県海士町(あまちょう)を訪れると、まず迎えてくれるのはこの言葉だ。2011年に「海士町らしさ」を表現しようと宣言されたもので、島の玄関口である菱浦港の施設「キンニャモニャセンター」には、「ないものはない」と書かれたポスターがあちらこちらに貼られている。

コンビニエンスストアがない。ショッピングモールもない。本土から船で2、3時間かかる離島の暮らしは都市に比べ、確かに便利ではない。それにも関わらず、人口約2400人のうち、島外から移住してきた人は1割に及び、その多くが20代から40代の働き盛り。少子化で統廃合寸前だった高校にも、全国から生徒が入学し、2012年度から異例の学級増となっている。

離島の異変はそれだけではない。魚介の鮮度を保ったまま都市に出荷できる「CASシステム」を第三セクターに導入、豊富な海の幸を商品化して全国で人気に。島で育てた隠岐牛やブランド化した「いわがき・春香」なども都市の市場で高い評価を得ている。現在、全国から視察が絶えない自治体となっているが、10年前は財政破綻や過疎化の危機にひんし、「島が消える」寸前だった。その窮状をどのように脱したのか。役場を「住民総合サービス株式会社」と位置づけ、大胆な行財政改革と産業創出に取り組んできた山内道雄町長に、“ないものはない離島にあるもの”を聞いた。

■「2008年には財政再建団体になる」

2007年、北海道夕張市が財政再建団体へ移行するというニュースは話題を呼んだが、山内町長は驚かなかったという。どの地方自治体も、程度の差はあれども財政は苦しく、海士町も例外ではなかったのだ。山内町長が当選した2002年、海士町は平成の大合併の嵐が吹き荒れる中で離島が合併してもメリットがないと判断し、単独の道を選んだ。ところが、2003年の三位一体改革による「地財ショック」で地方交付税が削減され、国からの補助金も減少、公共事業を島の建設業が請け負って雇用を確保するというやり方が成り立たなくなってしまう。「2008年には海士町は財政再建団体へ転落する」。これが、当時のシミュレーションだった。

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全国から注目を集まる離島、海士町

徹底した行財政改革を断行するには、自ら身を削らなければならない。そう考えた山内町長は当選後にまず、自分の給与カットに踏み切った。すると、職員たちが「自分たちの給与もカットしてほしい」と申し出てくれた。町議、教育委員も続いた。2005年、町長の給与は50%、助役、町議、教育委員は40%、職員は16%から30%とそれぞれカットし、2億円の人件費削減に成功した。海士町は「日本一給料の安い自治体」となったが、小さく守りに入ったわけではなかった。生き残りをかけ、ここから攻めに転じる。

「前の民主党の時代だったでしょうか。官から民へということがいわれた。それは理想的な言葉なんですが、私たちのように民力がない小さなところだと、やっぱり官が本気にならないといけない。漁師も農家も自分たちだけで営業できるわけではない」という山内町長。しかし、海士町には離島というハンデがあった。「うちには市場がないですから、漁師が魚を捕ったら漁協へ渡して、漁協が境港(鳥取県)の魚市に出す。今日捕ってきたものでもあくる日の船で行けば、鮮度が落ちて買い叩かれる。この流通機構を変えて漁師が儲けられる仕組みをつくらないと、後継者は育ちません」

■都市のお客さんに海士町を“売る”

そこで海士町では第三セクター「ふるさと海士」を立ち上げ、細胞組織を壊すことなく冷凍、鮮度を保ったまま魚介を出荷できる「CASシステム」という最新技術を導入した。海士町で一貫生産に成功したブランド「いわがき・春香」や、特産の「しろイカ」などを直接、都市の消費者に届けることがねらいだ。システムそのものは1億円しなかったが、建物まで含めて5億円が必要だった。「県議会はなんでそんなにお金がかかるのか、絶対に黒字にならないと批判しましたが、あれが海士町のものづくりの一大革命だった」と山内町長は振りかえる。

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「ふるさと海士」のCASシステム

背水の陣だったが、産地直送の新鮮な魚介は人気となり、首都圏の外食チェーンをはじめ、百貨店やスーパー、米国や中国など海外にも販路を広げていった。山内町長が社長を兼ねた「ふるさと海士」は見事に黒字化。2012年度には売上高2億円、595万円の黒字決算となり、4期連続で黒字が続いている。「運ぶための氷代や汽船運賃、漁協の手数料、魚市場の手数料をすべて抜いた。でも、町が儲けているわけではありません。今、しろイカの最盛期ですが、一番儲けた漁師さんだとふた月半ぐらいで600万円。漁師さんからすれば、ありがたい話です。ようやくそれがわかってもらえました」

「目標は外貨獲得」と笑って話す山内町長だが、「島の中だけで経済をまわしてもだめ。島の外からいかにお金を持ってくるか、それが大事です」と話す。「それまでは予算ありきで、国から補助金が下りて終わり。自ら役場が企画しなかった。これからの行政は、特に我々のように小さいところは、営業もやらないと」

■建設業者が挑戦する「隠岐牛」ブランド化

海士町を訪れると、のんびりと草をはむ隠岐牛に出会う。隠岐特有の黒毛和種。急峻な崖地で放牧されながら、ミネラルを含んだ牧草を食べて育つため、足腰の強くおいしい肉質牛が育つという。これまで海士町では子牛のみが生産され、本土で肥育されて松阪牛や神戸牛となって市場に出ていた。

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急峻な崖地で育つ隠岐牛

しかし、公共事業が減ったことで売上が激減した建設業の経営者が、2004年に異業種だった畜産業へ進出。「隠岐潮風ファーム」を立ち上げて、島生まれ島育ちの隠岐牛のブランド化を目指した。2年後に3頭を初出荷、すべて高品位の格付けを得て、肉質は松阪牛並みの評価を受ける。現在、月間12頭を品質の厳しい東京食肉市場に絞って出荷しているが、今後は新しい牛舎を建設して、出荷頭数を倍の24頭に増やす計画だ。

インタビューした日、山内町長は東京に出張中だった。東京都中央卸売市場食肉市場(港区)で10月に開かれていたイベント「東京食肉市場まつり2013」で、隠岐牛をPRするためだ。イベントでは、海士町の職員がしろイカを始めとする島の特産品を、声を上げて販売していた。町長以下、職員全員で海士町を売りだしているのだ。「東京のお客さんは舌が肥えているので、良いものは買ってくれます。東京で認められれば、ブランドになる。一見、短絡的な考え方ですが、間違いではなかったなと。また、東京の人たちに食べてもらえるというのが、漁師や農家の人たちの誇りにもなる」

■「島留学」で異例の学級増をした高校

海士町の快進撃は、ビジネスだけではない。最近、特に注目を集めているのが、島外からの高校の入学者やIターン、Uターンによる住民の増加だ。山内町長は、離島が生き残るために産業を立ち上げ「島をまるごとブランド化」する戦略をとった。「では、そもそも島が生き残るとは何か。それは、この島で人々が暮らし続けること」という。そのために必要なのが、「地域活性化のための交流」。海士町では、島外から人を呼ぶため、さまざまなプロジェクトを行ってきた。

たとえば、隠岐諸島の島前地域で唯一の高校である島根県立隠岐島前高校は、少子化と過疎化で2008年度には生徒数が30人を切っていた。このままでは高校は統廃合され、島の子供たちは15歳で島外に出なくてはいけなくなる。人口が流出、その仕送りも島民にとって負担となる。だったら、島外の子供たちを高校へ呼ぶしか存続の道はない。「島前高校魅力化プロジェクト」が立ち上がった。

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島留学で島外からの子供たちが集まる隠岐島前高校

難関大学進学を目指す「特別進学コース」や地域づくりを担うリーダーを育てる「地域創造コース」などを新設、島外からの“留学生”に旅費や食費を補助する制度を作り、「島留学」を銘打った。この取り組みは評判を呼び、2012年度からは異例の学級増、2013年度も45人が入学、島外からの生徒は22人だった。

「22人のうち、19人が県外です。しかも、東京あたりから。ドバイから帰国した子もいます。19人のうち15人は学校長推薦を受けた優秀な子たちです。今年も東京と大阪で高校の説明会をやったのですが、201人の親子が参加されていました。ただ、建物が手狭な関係で、島外から入学できるのは24人ぐらい。今、島外からの子供たちにとっては狭き門になっています。島の子供たちとの間で、摩擦は生まれないか始めは心配していました。でも、島の子供たちは刺激を受けているし、うまく同化もしている」

■キャリアを持つ現役世代のIターンで島が変わる

子供だけではない。大人もなぜか海士町に集まっている。その数、246世帯、361人(2012年度末)で、一流大学の卒業者や、一流企業でキャリアを持つ20代から40代の現役世代が続々とIターンしているのだ。海士町教育委員会で島前高校魅力化プロジェクトを手がけるプロデューサーは、ソニーで働いていた岩本悠さん。一橋大学を卒業後、海士町で「干しナマコ」の加工会社を立ち上げ、中国に輸出を始めた宮崎雅也さん。他にも、島の活性化に一役買うような人の枚挙にいとまがない。一体、なぜ?

「町はIターンの人たちに直接的なお金の援助はしません。ただ、本気で頑張る人には本気でステージを与えようと思っています。若い人たちは、都会の生活に疲れたり、海士町に仕事があったりしたから来たのではなく、新しい仕事を作りに来ている。友達が友達を呼んで、次々に縁によって来ている人たちです。逆に言えば、彼らをお金で引き止めることは絶対にできません。彼らが島の閉鎖性とどう向き合うか心配しましたが、島民と良い化学反応を起こして、活性化につながっています」

■「ないものはない」けれど、海士町にあるもの

山内町長の持論は、「役場は住民総合サービス株式会社」だ。町長は社長、副町長は専務、管理職は取締役、職員は社員で、税金を納める住民は株主で、サービスを受ける顧客でもあるという。「2012年は全国の自治体などから1400人ほどの視察が来ましたが、CASシステムや島前高校を見ながら、最終的には職員の動きを見ていました。『町長、ここは役場じゃないですね』って言われます(笑)。私は社長のつもりでやってきましたが、トップひとりのアイデアでは成功しません。職員に恵まれて、その意識も変わりました。そして、役場が変われば、町民も変わります。町政座談会にいくと、以前は何を造ってほしいという声ばかりでしたが、最近は違いますね」

現在、海士町で取り組んでいることのひとつが、海藻資源の活用だ。2012年に「海士町海藻センター」を3億円で建設、海藻をバイオ燃料として生産する研究などを行っている。東日本大震災による福島第一原子力発電所事故で再生可能エネルギーの必要性が高まる中、注目を集めている。「新しい藻も発見もしています。私たちは島で暮らしていますから、海抜きでは生きられない。海を大事にしないと」

海士町のさまざまな取り組みは、高い評価を受けている。島前高校魅力化プロジェクトは7月、地域の課題解決のモデルとなるような取り組みを表彰する「プラチナ大賞」で、124件のエントリーの中から見事、大賞・総務大臣賞を受賞した。「プラチナ大賞を頂いたことで、この間、総務大臣が海士町に来ると言ってたんですが、台風24号で船が出なくてとりやめになりました」と山内町長は笑う。

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海士町の改革を導いた山内道雄町長

海士町は確かに不便な離島だが、「ないものはない」というその言葉にはこんなメッセージが込められているという。「地域の人どうしの繋がりを大切に、無駄なものを求めず、シンプルでも満ち足りた暮らしを営むことが真の幸せではないか? 何が本当の豊かさなのだろうか? 東日本大震災後、日本人の価値観が大きく変わりつつある今、素直に『ないものはない』と言えてしまう幸せが、海士町にはあります」

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この10年におよぶ海士町の改革は、他の地方の自治体のまちづくりに新たな可能性を示しています。あなたのご意見をお聞かせください。


役場は住民総合サービス会社(島根県海士町)

http://www.huffingtonpost.jp/2013/11/07/ama_n_4232760.html
管理者が絶え、荒れ放題になった墓=神戸市北区、鵯越墓園(画像を一部加工しています)
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管理者が絶え、荒れ放題になった墓=神戸市北区、鵯越墓園(画像を一部加工しています)
墓じまいの法要の様子=2014年10月、神戸市須磨区(井上元子さん提供)
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墓じまいの法要の様子=2014年10月、神戸市須磨区(井上元子さん提供)
「墓じまい」の大まかな流れ
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「墓じまい」の大まかな流れ

 少子高齢化による後継者の不在などで、墓を撤去し、寺などに遺骨の管理を任せる永代供養に切り替える動きが広がっている。「閉眼」「お性根(しょうね)抜き」などの法要から撤去までを総称する「墓じまい」という言葉も浸透。時代の流れと言えるが、「墓の文化が廃れていくのは寂しい」との声も聞こえる。(黒川裕生)

神戸市兵庫区の井上元子さん(71)は昨年10月、両親と父方の祖父母、2人の兄が眠る同市須磨区の墓を処分した。立つのは長い階段のある傾斜地。年を重ねるごとに「しんどい」「来られるのはこれで最後かも」と思い悩んだ末の決断だった。

夫の幸一(ゆきかず)さん(77)との間には一人娘がいるが、とうに嫁いで墓を継ぐ人はいない。元子さんは姉(75)と相談して、元気なうちに墓じまいすることを決意。同区にある菩提(ぼだい)寺の住職に墓前で読経してもらい、同寺の納骨堂に遺骨を納めた。墓の撤去も含め約20万円かかった。

「昔は墓がないと恥ずかしいと思われたが、魂を大切にしていれば形にこだわる必要はない。肩の荷が下りました」

「閉眼法要は、ここ4~5年で目に見えて増えてきた」と語るのは、7年前に納骨堂を設けた瑞龍寺(同市兵庫区)の矢坂誠徳(せいとく)住職(63)。2012年に10件余りだったが翌13年には30件を超え、14年も40件以上。「子や孫に墓の管理を任せるのは申し訳ない」「遠方で墓参りが難しい」などの理由で処分する人が多いという。

一方で管理費などが要らない納骨堂の人気は高く、約千のうちすでに約800が埋まった。「墓の時代は終わったとすら感じる」

市営の鵯越墓園(同市北区)などに約8万区画を備える神戸市によると、墓じまいして区画が市に返還される数は10年度の275件から微増傾向が続き、14年度は324件。同時に急増しているのが、管理者の死亡などで使用料が払われない「無縁墓」だ。立て札などで親族に連絡を呼び掛けるが反応は鈍く、雑木が生い茂るなど荒れ放題になった区画が点在する。同市斎園管理課は「中途半端に残されるのが一番困る」とこぼす。

墓石の処分を担うのは石材店。新たな商機と見て広告で打ち出す店もあるが、中野石材(同市須磨区)の中野隆司社長(71)は「心を込めて作った墓石をつぶすのは商売抜きで悲しい」と漏らす。維持できない事情に理解を示しつつ、「先祖供養が死語にならないよう願うばかり」と話す。


「墓じまい」自分の代で 少子高齢で維持困難、無縁墓も増加

http://www.kobe-np.co.jp/news/kurashi/201505/0007984859.shtml

社説:少子化対策大綱 「集中」に値する行動を
毎日新聞 2015年04月09日 02時30分

 政府は少子化社会対策大綱を閣議決定した。「社会経済の根幹を揺るがしかねない危機的状況」との認識を示し、今後5年間を「集中取り組み期間」と位置づけた。

 2014年に生まれた子どもは100万人余で前年より約2.9万人少なく、人口は1年間で26.8万人減った。このまま少子化が進めば地方の衰退や働き手不足は加速度的に進む。掛け声だけでなく、財源確保と抜本的な意識改革が必要だ。

 認定こども園や放課後学童保育の拡充、多子世帯の負担軽減、男女の働き方改革、若者の雇用安定などが大綱に盛り込まれた重点課題だ。

 働き方改革では、20年までに男性が妻の出産直後に休暇を取得する率を80%にするほか、男性の育児休業取得率13%(現在2%)、第1子出産前後の女性の継続就業率55%(同38%)などの数値目標を盛り込んだ。「結婚、妊娠、子育てに温かい社会の実現に向けて、社会全体で行動を起こすべきだ」と訴える。

 男性正社員の長時間労働、女性の出産による離職はこれまでも問題視されながらなかなか改善できなかった。今国会に提出されている「女性活躍推進法案」でも具体的な対策は企業任せにされているのが実情だ。数値目標をどうやって実現させるかが問われているのだ。

 現実には「妊娠や子育てに温かい」どころか、妊娠や出産をきっかけに職場で精神的・肉体的な嫌がらせ、解雇や雇い止め、自主退職を強要されるなどの「マタハラ」(マタニティーハラスメント)が横行している。全国の労働局に寄せられたマタハラの相談は、13年度は約3400件に上る。連合の調査では働きながら妊娠した女性の2割以上がマタハラを受けたと回答している。

 マタハラは男女雇用機会均等法で禁じられており、昨年10月の最高裁判決も妊娠や出産を理由とした「降格」は本人の同意がなければ違法との判断を示した。大綱では「部下の仕事と育児の両立を支援する上司(イクボス)を尊重する企業風土を育てる」としているが、マタハラの加害者は直属の男性上司が3割を占め最多だったとの調査結果もある。もっと厳しい対策が必要ではないか。

 保育園や幼稚園の無償化、経済的に恵まれない家庭の大学生に対する給付型奨学金の拡充など、経済支援も充実させなければならない。財源確保が必要な政策については、これまでも子どもの貧困に取り組む人々などから求められてきたが、見送られることが多かった。

 これ以上、少子化対策を後回しにするわけにはいかない。社会保障政策の軸を若年層に移し、集中的に取り組むべきだ。


少子化対策大綱「集中」に値する行動を 毎日新聞 2015年04月09日

http://mainichi.jp/opinion/news/20150409k0000m070132000c.html

25年住めば家プレゼント 島根・津和野町が人口減少対策

 格安家賃の新築一戸建てに25年住んだら敷地ごとその家をプレゼント-。島根県津和野町による移住者受け入れ事業が注目を浴びている。完成した5棟はすべて子どものいる世帯の入居が決まり、2018年度までに20棟の追加整備を予定。人口減少対策の決め手となるか、町の期待も高まっている。
 「家賃は月3万円。譲り受けるまでの25年間は家の修繕も町がしてくれる」。4月に東京都板橋区から妻の美保さん(40)、小6の長男、小4の長女、保育園児の次女と一緒に家族5人で移住した原田秀明さん(34)はスギ材がふんだんに使われたリビングで笑顔を見せた。
 窓越しに広がる山林の眺望に「釣りや山菜採りができる所がいっぱい。自然体験を通じて子どもたちが気持ちも体も豊かに育ってほしい」と美保さん。
 原田さん一家が入居したのは町が総額1億5千万円をかけて完成させた5棟の一つ。1棟当たりの敷地は約400平方メートルで、延べ床面積95平方メートルの木造平屋だ。原田さんの家は地元のスギ材を使い、屋根は光沢のある赤茶色が特徴の県西部特産の石州瓦を使っている。
 「人口減少対策の目玉」と期待する町は移住者の希望に応じて仕事の紹介もする。林業に関心があった原田さんは4月から、町が募集していた林業を担う地域おこし協力隊として働き始めた。
 町が昨年11月に小学生以下の子どもがいる40歳以下の世帯を対象に入居者を募集し、17世帯から応募があった。町と地区の住民が地域活動に取り組む意欲などを審査し、原田さんはじめ、兵庫県明石市、隣接する島根県益田市の3世帯の計5世帯が決まった。
 事業のきっかけは人口の急減。国勢調査によると、05年の9515人が5年間で11・4%も減り、8427人になった。参考にしたのは県内の美郷、飯南両町で進む同様の事業。07年度から取り組む美郷町では移住者向けの37棟は現在満室で「子どもの声が増えて地域が明るくなった」(町担当者)という。
 津和野町の赤松朱美課長補佐は「思い切ったことをしないと若い人に住んでもらえないと危機感があった。地元のいろいろな方と交流してもらって、地域活性化の一翼を担ってもらいたい」と話している。


少子化対策(島根・津和野町が人口減少対策

http://www.sankei.com/west/news/150516/wst1505160047-n1.html

全国初 ひとり親移住に支援
浜田市は市内にUターンやIターンするひとり親を対象に家賃や子育ての費用を助成するなどの支援を行うことになりました。
浜田市によりますと、ひとり親に絞って移住の支援を行うのは全国の自治体で初めてだということです。支援の対象になるのは高校生以下の子どもを連れて浜田市にUターンかIターンする65歳未満の母子家庭と父子家庭の親です。
浜田市では人材不足が深刻な介護施設で働くことを条件に生活支援として、住宅の家賃は、月額2万円を上限に半額を子育ての費用として1世帯につき月額3万円を助成するということです。
また、勤務する介護施設から引っ越し費用などの新生活の支度金として30万円が支給されるほか1年間継続して働けば奨励金として100万円が支払われるということです。
さらに、中古自動車が無償で提供されるということで、浜田市はこうした支援を希望するひとり親の募集を4月中に始めることにしています。
浜田市によりますとひとり親に絞って移住の支援を行うのは全国の自治体で初めてだということです。
浜田市政策企画課は「ひとり親に移住してもらい人手が不足している介護施設の人材を確保するとともに人口減少にも歯止めをかけていきたい」と話しています。
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島根県浜田市が4月から破格の条件で県外のひとり親家庭を迎える。月給15万円以上、中古車無償提供、一時金130万円など。1年限りだが、1世帯あたりの経済支援は最大400万円超。ひとり親家庭の支援と介護の働き手不足解消の一挙両得をねらう。ひとり親に絞った自治体の移住促進策は全国初という。
 対象は高校生以下の子がいる母子・父子家庭。市内の介護事業所と1年間の雇用契約を結べば、転居費などの一時金30万円が支給される。月給は最低15万円で、加えて市から養育費が月3万円。契約通り1年間働けば、さらに一時金100万円が出る。
 住まいは市が月1万~3万円の公営住宅を確保し、空きがなければ民間の賃貸住宅を紹介。2万円を上限に家賃の半額を補助する。車がない人にはネッツトヨタ島根が中古のコンパクトカーを無償提供する。自動車税などの諸費用は自己負担だが、車両整備費20万円は市が負担する。
島根県-浜田市 ひとり親移住


ひとり親移住に支援(浜田市)