昨日に引き続き本日も、AM5時に置きてチラシ配りをしてからのjiamの研修です。オンライン受講。
朝から暑いですね。今日は研修終了後、議会ではない職場に行く。相当疲れるだろうなぁ~
しかし、ガンバレ!! わし
明日を生きるために-人文知を地域に生かす近世国学から学ぶ
國學院大學神道文化学部 教授 松本久史 氏
●國學院大學神道文化学部 教授 松本 久史(まつもと ひさし) 氏
1967年、栃木県宇都宮市生まれ。國學院大學大学院文学研究科神道学専攻博士課程後期単位取得満期退学。
2002 年 10 月より國學院大學に着任。國學院大學日本文化研究所助手、同専任講師を経て、2010 年より國學院大學神道文化学部准教授、2017 年より同教授。著書に『歴史で読む国学』(ぺりかん社)、『神話のおへそ『古語拾遺』編』(扶桑社)、『プレステップ神道学』(弘文堂)、『新編荷田春満全集』第1・3・12 巻(おうふう)、『荷田春満の国学と神道史』(弘文堂)など。専門は国学史・近世神道史。
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神道という学部名がつくのは、日本で一つ。すなわり世界で一つ。神道とつく学科はもう一つある。
神道に関する古典(古事記など)を教えている。
今日の話の内容
1、近世国学の概要
「地域文化」のコーディネーターとしての国学者
2、近世後期・明治期の「草莽(そうもう)の国学者」と地域
「地域社会」のコーディネーターとしての国学者
→→ ここまでは過去の話
3、将来への展望 人文知を地域に生かす
「未来社会」をコーディネートするためには
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国学とは? 國學院大學は、国学・院・大学
国学の四大人(したいじん)
近世中期(18世紀)に新たに発生した、日本古代の文献(古典)を対象とした実証的な研究に基づき、日本固有の歴史やカミ信仰(神さま)・倫理道徳の追求のみならず 宇宙観・世界観におよぶ独自性や普遍性を主張していった学問
(哲学的、宗教的な学問とも言える。)
しかし、日本の独自性や優位性を主張した歴史上の人々は全てが国学者だけではない。
たとえば、中世の北畠親房(大日本国は神の国だ!と言った)や、
幕末の吉田松陰は日本の独自性や優位性を主 張した人物ではあるが、その学問の方法や対象が異なる。なので、彼らは国学者じゃない。
吉田松陰は儒学者(日本の古典がスタートではない)
では日本の古典とは?
昔から知られていたわけではない。貴族や限られた人しか知らなかった。
「古典」はいつ刊行され、普及していったのか?
•万葉集木版本寛永20(1643)年
•源氏物語木版本寛永末期(1640年代)
•伊勢物語木版本寛永6年(1629)
NHKのべらぼうの時代は、これ以降の時代を描いている。
•それでは最も古い「古典」である、古事記は?
寛永21(1644)年「寛永版本」とよばれる
古事記は一番古いといいつつも、多くに知られるようになったのは、江戸時代から。簡単に読めるものではなかった。
江戸より前は、知識の独占と権力の独占の時代だった。
例えば、万葉集はもともとは、全部漢字で書いてあり、読むのはとても難しい。内容を理解するのは難しい。
これらの古典を、「読める」から「理解できるもの」にしたのが国学者。
→それにより、古代日本人の文化や精神、信仰のあり方がわかるようになった!!
したいじん(四大人)
荷田春満(1669〜1736)(かだの あずままろ)と読む・いう
賀茂真淵(1697〜1769)
本居宣長(1730〜1801)
平田篤胤(1776−1843)
『歴史で読む国学』(國學院大學日本文化研究所編ぺりかん社)を参照
図書館に欲しい
荷田春満(かだの あずままろ)
伏見稲荷の神職出身。吉宗の頃の時代
国学の学校設立を幕府に上申しようとした。
日本書紀・古事記・万葉集・風土記・伊勢物語等々、古典の研究を進めた
風土記は各地域の地史。今は5つの国の分しかない(出雲風土記)
偽物がたくさんあり、本物を探す作業からスタート。
いんちきなものがたくさんある。
特に仏教系が多い。聖徳太子が作った、弘法大師がという本がたくさんある。
賀茂真淵の荷田春満に弟子入りした。
吉宗の次の時代(徳川吉宗二男の田安宗武の「和学御用」を勤める)
『万葉集』を研究。『万葉考』を著す
古代の文化や精神を抜き出す。
歌には喜怒哀楽いろいろあり。恋愛が多い。万葉集はストレート(好き、嫌いがハッキリしている。素朴。原始的。明朗闊達)
自然の道(おのずからのみち)=神道
本居宣長 三重県松阪出身。商売の都市。木綿問屋。
三越の発祥の地。三井総本家が近く。
江戸へ商売の奉公に出されても、イヤだと戻ってくる。商売が嫌い。
医者の奉公へ出したら、国学に目覚めた。
賀茂真淵の書籍に触れながら、本居は古事記を研究。
古事記の注釈書を初めて書いた。『古事記伝』死後も出版される。
ここで初めて古事記の全容がわかる。
古事記を神代の正しい伝承が記された書として高く評価し、詳細な註釈を史上初めて成し遂げた。
復古神道の確立者である。
各地に門人網が形成され、国学研究が全国的に普及していった。
平田篤胤(ひらたあつざね)19世紀
本居宣長没後に、本当は門人じゃないが、自称で門人になる。
宣長の説をわかりやすく江戸の庶民に講釈
19世紀前期、地域の、地方の、小さな神職・名主層を中心に門人を獲得していった
古事記より古い古伝承を追求、日本の古伝の正しさを主張。
行きつく先は宗教的なところだった。
長い時代は仏教が、悪いことをしたら地獄などと教えていたが、仏教が入る前は、日本は草葉の陰から見守っているという考えを解く。
知識人の域を超え、地域の人々にアピールする。
『霊能真柱』を著し、死後の霊魂の行方を論じた。
日本人の「霊魂の安定」を目指した。その中で「幽冥界」の実在を主張、
→大国主神を幽冥主宰神と位置付ける
十万億土の西方浄土のような遠く離れた世界ではなく、「草葉の陰」から先祖が見守っている、という素朴な民俗的信仰を理論化した。
屋敷墓(やしきばか)、山の中の墓(死者と生者は近い)
宣長は自分で絵を描いた(自画自賛)。
平田篤胤:三船敏郎に似ている。顔は怖いが女性や子供に優しかったらし
い。
国学の地域社会へのまなざし。
19世紀、
民俗学(フォークロアー)への関心
地史が編纂される。地域へのまなざし
考古遺物、遺構への関心
本居宣長が言った
古い習慣は地方に残存している。
「詞のみにもあらず、よろづのしわざにも、かたゐなかには、いにしへざまの、みやびたることの、のこれるたぐひ多し」(『玉勝間』)
みやび=エレガンス。国学は古いことは素晴らしい!
宣長の先生・賀茂真淵も言っている。
地方の方言には、古語が残っている。古代社会の残存がある。
昭和になって、民俗学者・柳田國男の「方言周圏論」
都を中心として同心円状に古いものが残っている。
当たってることと当たっていないことあり。
動物や植物の名前に多い。
民俗学は、新しい国学だと柳田は言った。
最晩年の柳田は、南方(沖縄)の研究をした。
古語から古代文化の解明へという方法論、国学の基本である
近世における地誌編纂と国学者
幕府のおひざ元の地域は、幕府が作っている。
国学者が大活躍。
屋代弘賢、本居大平・加納諸平、菅江真澄、沢田名垂、新庄道雄、内山真龍・石川依平
19世紀
地誌編纂を通して、地域の信仰や風習などの民俗(地域文化)に対するまなざしが生じる
→地域文化のコーディネータとして、国学者は役割を果たしていた
地域のアイデンティティを作っていった。
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19世紀 篤胤の登場も
地域における経済の発展、同時に貧富の差・地域差の拡大。
→一方で、国学を学ぶ地域の指導者層が増大していく。
その多くは文化の享受(和歌・俳句、狂歌・川柳)のため
【言葉がわるいが、金持ちの道楽。文化の発達。師として教えていたのは多くは国学者】
天保期(1830年代)前後に、幕藩政治の矛盾が露わとなり社会問題が顕在化。黒船がくる。大塩平八郎。
→地域の問題を解決しようとする、「草莽の国学者」たちが現れてくる。
道楽だけでなくて社会問題も出て来る。
いとうたさぶろう 先生が草莽の国学者と定義した。
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国学は、総合地として、今の理系分野までも含む。
相応の国学者
小西篤好 (こにしあつよし)(1767-1837)
摂津国佐保村(大阪府茨木市)の庄屋
『農業余話』(文政11年: 1828)刊行 篤胤・銕胤が校訂する
苗に雌雄あり、と主張(実際に雄雌があるのはごく少ない。すべてに雄雌ががあると主張)好評を博す後年「農聖」と称される。
海賊版がたくさん出ていた(発行元が違う)篤胤が出版を推薦。ただし文章が拙いと指摘。
宮負定雄(1779‐1858)下総国香取郡松沢村(千葉県旭市)庄屋、篤胤門人
『草木撰種録』(文政11年)一枚刷、当時のベストセラー、海賊版も出回るほど。
撰種方法を図解、植物には必ず雌・雄があるという考えに基づく(『農業余話』に依拠)
ちゃんと雌株を植えると増える。と主張
産霊(ムスヒ)信仰と農業生産が結びつく篤胤の主張。
むすぶ、縁結び思考。
そもそもは、本居宣長が『古事記』天地開闢の「産霊(ムスヒ)神」、を重視したことが根拠。「ムスヒ」は万物生成の根本、生きとし生けるものの生成を司る神。「ムスヒ」の神の作用である、雌雄・男女の和合こそ、生々発展の根源と理解。
→篤胤がこの論理を農書に応用した。同時に民衆の知恵の理論化でもある
民衆の知恵。
(資料に写真あり)
小西篤好の経験値に理論を与えた。
草木撰種録、種を選ぶ(メスをえらぶ)と二割増しになると書いてある。
まゆつばと思われる。
色川三中(いろかわ みなか)
土浦の薬種商・醤油醸造業で財を成し、国学を学ぶ。
地域文化のコーディネーターとしての役割。
https://furuhashikai.com/
日本遺産(文化庁の推進)
太子道を申請しようとしていた。
大宰府が取り消しになった。
文化財保護法改定(平成30年)による変更点
文化財保存活用地域計画
210の自治体で作成
香取市
クリックしてkatori_overview.pdfにアクセス
出雲市文化財保存活用地域計画
クリックしてchiikikeikakugaiyou.pdfにアクセス
宗教を文化として活用できる。
計画策定のプロセスに、地域にかつて存在した文化・伝統を再発見・再確認し、それを現在の地域振興へと活用できる。
国学がやっていたこと・